松野家。やはり元気など出ない。神松の言葉も胸に引っかかり、締め付けられる。
「はぁ……」
誰かのため息が部屋に響いた。それ以外の音は何も聞こえない。
その時――。
玄関から扉の開く音が聞こえた。
5人はバッと顔を上げると、玄関へ我先にと走った。もつれる足を必死に動かし玄関に着くと、そこにいた人影に不覚にも涙を浮かべた。
「おそ松兄さん――!」
「よぉ!」
いたずらな顔をして片手を上げるおそ松を、5人は囲んだ。
「おかえり!」
「心配したじゃん! もう、あとでおぼえといてね!」
「どれだけ心配したと思ってるんだ。ふざけるのもほどほどにしたらどうなんだ?」
「お詫びとして猫缶買ってよ」
次々と話しかける。チョロ松は涙をぬぐうのに精いっぱいだった。それでも口はほころぶ。顔を上げ、チョロ松はおそ松を見た。すると、目が合った。
――え?
チョロ松は説明できないような不安に襲われた。頭に雑音が鳴り響き、チョロ松は床に伏せた。頭痛がして、頭を押さえる。
「チョロ松兄さん?」
「違う!」
金切り声でチョロ松は叫んだ。
「兄さんじゃない! お前誰だよ! 誰なんだよ!」
違う、違う、違う。ヤダ、ヤダ。やめて。
そう思ってもなぜかチョロ松は口からそう告げていた。
(違う、兄さんだ! 兄さんなんだ! そう思いたいのに! なんだよこれ! 黒い何かが襲ってくる! 怖い、怖い、怖い、怖い、こわい、コワイ、怖い!)
チョロ松は耳を塞いだ。ひどく苦しく、自分の中の何かに悶えた。
平常心を保ちたい。そう思い、すっと息を吸った。すると、耳鳴りも雑音も、頭痛も消えた。息を整え、兄弟を見る。みんな、困惑の表情でチョロ松を見た。無性に怖くなり、無理に笑顔を作った。
「なん、てね」
そんなこと言われても、兄弟は気づいた。気づいてしまった。おそ松から漏れ出す異様な雰囲気に。
そんな様子を悟り、一松がおそ松に問いかける。
「お前……誰?」
聞いてみて、怖くなった。おそ松は、平気な顔をして笑っていた。
(なんだ? このドロドロした感じ……。怖い)
そんな気持ちに気づかれないように、一松はおそ松を睨み、胸ぐらをつかんだ。
「答えろよ、なあ‼」
(やめて……)
チョロ松は心の中で必死に声を絞り出していた。しかし、当の本人は床に伏せ、手足が震えて一歩も動けない状態。おそ松から感じるおどろおどろしいそれに息が詰まった。
カラ松、十四松、トド松は、何も言わず成り行きを見ていた。一松を止める気など、さらさらなかった。おそ松の何かを、3人も感じていたのだ。
「誰だよ!」
普段出さない大声を必死に絞り出し、一松はさらに問い詰めた。そのくらい、深刻な気がしたのだ。というのは建前で、ただただ、怖気ずく自分を紛らわしているのだ。
おそ松が、一松の心の内を見透かしたように笑った。
――臆病者。
その笑顔が、そう言っているような気がした。
「カリスマレジェント、人間国宝の松野家長男、松野おそ松だぞ!」
にひ、と顔をくしゃくしゃにして笑ういたずらっぽい顔。懐かしくて恋しいそれも、また怖くなった。それ以上に天邪鬼がその感情を許さなかった。
一松はおそ松を突き飛ばし、苦しそうにおそ松を睨んだ。
「兄さんみたいに笑うな……!」
そう言って、一松はこの場から出て行った。