自分以外は誰もいない暗い階段で、チョロ松の足音が響いた。コツン、コツン……と、少し怪しげな音に緊張が走る。
昨日の古びたビル。何気なく足を運んでみたチョロ松は、引き込まれるように階段をのぼった。ロビーらしき空間は、今日も人はいない。何一つ変わってない景色だが、昨日よりかは不気味に見える。
「……」
最後の一段をのぼりきった。半開きになっている屋上への扉からは、少しだけ光が差していた。その取っ手を握り、扉を開く。何事もなかったような、殺風景な景色が広がる。
チョロ松は足を踏み入れることにためらいを感じていた。時間が過ぎていくごとに足は重くなっていく。それを感じながらチョロ松は目を細めて唾を飲み込んだ。
その時、ちょうど後ろから風が吹いた。生暖かい、不穏な風だった。
チョロ松は後ろを振り返ると、目を閉じて深く息を吐いた。そして目線を戻すと屋上に足を踏み入れた。そのまま、昨日おそ松のいたあたりまで歩く。柵に手をかけると、チョロ松は慎重に下を見下ろした。いつもどおり車は走っているし、めまいがするほどの数の人間が歩いている。上から見下ろすと、それはごまのように小さかった。
「けっこう、高いか……」
昨日の光景が、また脳裏によぎる。再生されるのはいつも同じ場面。チョロ松がおそ松の名を叫び、それに気づいたおそ松が目を見開くと、空中に背中を預けるようにして落ちていく。
こんなにも高いビルだ。落ちたりなんかしたら――
死ぬ――。
「!」
チョロ松は振り払うように首を振ると、つぶやいた。
「夢、なんだしね。ニュースとかにもなってないし。いたずらだって」
引きつった笑顔を無理やり浮かべると、誰かの視線を背中に感じた。驚いて振り向くと、姿かたちが自分とよく似ている影が屋上の扉からこちらを見ていた。
「あ……」
その影は笑うと、姿を消した。
チョロ松はしばしその場に立ち尽くしていたが、ハッとすると口を真一文字に結んだ。その目は少しばかりよどんでいた。